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『ぼくらが夢見た未来都市』
ライター渡部です。

建築ジャーナリストの磯達雄氏から、
『ぼくらが夢見た未来都市』PHP研究所刊をもらい
その感想を書いていたら、つい長くなってしまった。
ここまで書いておきながら、どこにも出さないのももったいないので
ブログにアップすることにした。
他社の本だし、建築の本だけど。

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 『ぼくらが夢見た未来都市』は内容を凝縮したタイトルである。

 このタイトルにおける主語は「ぼくらが夢見た」に修飾される「未来都市」であって、本書のテーマは未来都市である。
 様々な形の超高層ビル群、それらをつなぐ空中歩道(中は動く歩道)、合間を縫って飛ぶエアカー、空中都市、海中都市、地下都市… 「未来都市」と言えば、恐らく誰もが共感するであろうこうしたイメージはどこから生まれてきたのか、どう受け止められて来たのか、著者の二人、建築史家・評論家の五十嵐太郎氏と、建築ジャーナリストの磯達雄氏が解説していく。

 次なるキーワードは、「ぼくら」だ。
 この言葉にはノスタルジックな響きがある。ひらがなでの「ぼく」という表現を、あまり目にしなくなったように思う。男の子が「ぼくちゃん」と呼ばれていたのは、昭和で終わってしまったように思う。子供雑誌には「ぼく」が存在するのかもしれないけれども、単独なイメージがある。集団であれば「ぼくたち」だろうし、口語であれば「おれら」になるのだろう。
 と、ぼくら、という言い方にこだわってしまうのは、その言葉からマンガ雑誌の『ぼくら』をつい連想してしまうからである。私は個人的にこの雑誌を読んだりしたわけではないが、エッセーや資料の本の中で、何度かこの名前を目にした。調べて見ると、『ぼくら』は1955年から1969年講談社から出ていたものだという。
 筆者の二人がこの雑誌を実際に読んでいたかは分からないが、年代としては五十嵐氏(67年生まれ)、磯氏(63年生まれ)の幼少期は、この雑誌刊行期と重なる。彼らは少年が「ぼくら」であった時代の子供、と言えるだろう。

 さてタイトルの残り、「夢見た」だが、正にこうした未来都市イメージは「夢」だった。
 『ぼくら』の刊行が終わると同時に70年代が始まる。本書の後半は、未来都市の像が70年代から急激に変化していく様を伝える。その頃からポストモダンと呼ばれる現象が始まり、建築家も明るい未来都市像を描かなくなり、そもそも未来都市プランに真っ向から向かっていく建築家も、そうしたプランを発表する機会も減り、フィクションの世界ではJGバラードやギブスンが暗鬱な未来像を描きだす。こうなると、夢というよりは悪夢だ。 
 悪夢ではなく、人々(主に日本人)を夢見させた未来都市の原型として、本書の軸になっているのは著者二人の少年期に最も衝撃を与えた未来都市(像)の「大阪万博」である。その軸と対比し、結論を出す最終章は愛知万博で締められている。愛知万博に6回足を運んだという五十嵐氏は最終章で、「万博の意味を問い直さず、ゾンビのように、中途半端に生き残る。愛知万博は、失敗することに失敗し、変革の機会を逃した万博だった」と徹底的に悲観的だ。
 だからこのタイトルは「ぼくらが夢見る」ではなく、過去形の「ぼくらが夢見た」となっているのである。

 楽天的なまでに夢を見させてくれた大阪万博の視点から見れば「未来像」はあまりにも小さくなった、と言えるだろうし、視点を逆転させ、環境問題と政事とを吸収せざるを得なかった愛知万博の視点から見れば、「ぼくら」はあまりに夢見すぎた、とも言える。

 私個人の視点から言えば、後者である。「ぼくら」の世代に近いのだが、思春期のはじめからニューウェイブ満載な文化の中で育ってしまったせいなのか、明るい未来像を描けない。明るい未来都市像をレトロフューチャーとして捉え、そのレトロっぷりを気楽に楽しんでしまう。
 さらに正直に言えば、建築家の未来構想にも興味がなかったし、ましてや万博の意図などなんら私の関心もかすらなかった、のだが、それも今年の5月まで。人生初の万博、上海万博を体験してから「大の大人と国家の数々が、なぜまたこんなに大仰な無駄(笑)」という疑問から「(笑)」が消え、これはちょっと真剣に未来と取り組まないといかんのではないのか?と考え始めた矢先に本書に登場した。

 夢を見させてくれる場所はもうないのか、というと実はそうではない。
 成熟しすぎて悲観的な未来予想図を描いているのは、世界人口から見ればほんの一部に過ぎない先進国の末端であり、BRICsを筆頭に発展途上国の夢は、過去の日本をしのぐほどにスピードと壮大さが伴っている。
 上海万博ではたくさんの子供達が本当に心からの笑顔で、楽しそうにしているのを見た。上海には多くの「ぼくら」が「夢見」ている。これからさらに多くの「ぼくら」が南米やアフリカから出て来るのではないだろうか。
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by dezagen | 2010-06-16 11:07 |