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『デザインの現場』のこと(2)
編集宮後です。
「デザインの現場の現場」の続編です。

1998〜2010年までほぼどっぷりとデザイン取材生活を送ることになるわけですが、2000年代の社会の動きと雑誌の内容を振り返ってみると非常におもしろいことに気がつきます。

2000年は佐藤可士和さんをはじめとしてすでに実績のある有名アートディレクターが相次いで広告代理店から独立した年。広告営業機能を持たずに制作に特化するクリエイティブエージェンシーもできたりしてデザインシーンが盛り上がっていた頃。大規模な広告キャンペーンも多く、デザイン年鑑を賑わせていました。

そのころ編集部では、頼りになる先輩編集者たちが相次いで退社し、同年代の同僚編集者と2人でがんばらざると得ない状況になっていました。あまりに長い時間、一緒に会社に居すぎて、お互い話す内容や着ている服がシンクロするという不思議な現象も体験しました。幸いデザインシーンが非常に刺激的な時代でもあったので、貴重な取材体験を数多く積めたのもこのころです。

在職期間中、実売部数がいちばん多かったのも2000年代前半です。時代の勢いと編集部の情熱、読者の関心がいい感じで高まっていたころだと思います。

2004年にデザイン携帯が数多く発売され、「デザイナーズなんとか」が一般にも浸透してくると、
新しい局面を迎えます。

それまで一部のものだったデザインが大衆化されることにより、一般誌でもデザインが扱われるようになったのが2004〜2007年ごろです。デザイン雑誌もいくつか創刊されました。

対象となる読者が増える分、部数も増えるかというとそううまくはいかず、かえって読者が分散してしまい、思うように部数が伸びなかったのもこのころです。すでにデザインブームは去っていたのです。

そして2008年以降。
リーマンショック後、経済の落ち込みと同時にデザインの仕事自体がだんだん減ってきて、広告の大規模キャンペーンも極端に減りました。そうすると取材対象自体が減ってくるので、必然的に記事も小粒になってきます。

私は2007年に体調を崩して編集部から離れ、連載だけ担当していたので詳しくはわからないのですが、特集企画を考えるのも大変だったと思います。

そんななか2008年に企画された「世界を救うためにデザインができること。」はいい企画でした。NY MoMAで開催された展覧会「Design for the other 90%」(世界中の90%をしめる発展途上国の人々のためのデザインを集めた展覧会。泥水を飲料水に変えるストローや、転がして大容量の水を運ぶ容器などを展示)のほか、トリアージタグや担架、ヘルメットなど災害時に必要なデザインなど、社会的意義の大きいデザインを紹介した特集でした。大災害を経てソーシャルデザインが注目されている今ならその重要性にすぐ気づけますが、当時は特集するのが早すぎたのかもしれません。

そして2009年。経営陣が同席する編集会議が頻繁に開かれるようになり、事態が急展開していくことになるのです(続く)。
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by dezagen | 2013-12-26 07:05 | | Comments(0)