エキサイトイズム エキサイト(シンプル版) | エキサイトイズム | サイトマップ
デザインについて思うこと その2
宮後さんの「デザインについて思うこと」のレス(?)。
渡部より。

90年代より前と後では「デザイン」の言葉の意味や、位置が随分違う、と感じています。

話がぐっと遡ってしまうのですが、産業革命があって、モノが大量生産され、グラフィックにしてもそれまでのビラとは異なる大衆に向けて作られる様になった時に、機能や習慣/慣習を超えた何か=デザイン=形、というアピールがなければ効果が出なかった。
そこでデザイナーという職種が発生します。
形が消費者など受け手に訴求する、という考え方は現在でも続いていますが、
宮後さんの言う通りで「王道的なものを中心にとりあげていく」(その時代では、王道的なものをフォローしていく)ことに「おさまりきれないものも増えてき」た。

王道が中心を行く時代というのは80年代がピークなのではないかと思います。
その時代までは「大手企業」があり「マスメディア」がものを言う時代で、スターデザイナーも求められました。
ですが、現在、大手やマスメディアがどんどん崩れている。

80年代以降、ウィークマンやビデオの普及で個人化した消費者のニーズがばらばらになってきたこと。
コンビニエンスストアなど業態の変化もあり、朝起きて夜寝るという、皆が同じ行動を取るわけではなくなってきたこと。
インターネットの普及で、一つの現象やモノやコトが、個に向けられているのか、大衆に向けられているのか、曖昧になったこと。などが理由として挙げられます。

今の学生は90年代生まれですから、子供の頃からメディアは「自分」に向けられているし、クラスや家族や地域など、自分が収まる集団の全員が同じような環境や情報で育っているわけではない。
スターがいたとしても、私にとってはスターでも、隣の人にとってスターというわけではない。
「昨日のあれ見た?」という会話にしても、時間を気にせずに流れていくネットの中では「昨日」という時間の感覚もなくなっている。

このような状況だと、上から(メーカーや小売り店、イベントなど)大衆に訴えるというやり方自体が変化を起こしているのです。
単純にものの形を変えた、いい形ができた、からと言って、大きく人が動くわけではない。仕組み自体、やり方自体を考えることが「デザイン」になってきているのです。

分かりやすい例として、2007年に登場し(日本では2008年)たiPhone。
電話としては使いづらい形だし、ネットの情報を見るにも、メールやメッセージなどの送受信をするにも最適な形ではありません。
手帳と変わらないようなフラットなデザイン、無味無色なデザインは、ユーザーに応じた様々な機能(app)を取り込む媒体機械でしかありません。

アプリの話で言えば視覚的なものという意味ではグラフィックデザインなのですが、操作性はインタラクティブに強い人、テクニカルに強い人、かつ、キャリアを確保すること、それを流通させる人、ある一定のユーザーがいることで成り立つSNSなどはさらに広報が一体にならないと、アプリが目指す機能は発揮できないかもしれません。

学校の授業ではそこまで総合的な仕組み作りまで踏み込めないかもしれませんし、また一方で従来通りの「美しい書体」「見やすい色彩」「使いやすい形」「チャーミングな絵」といったものをきちんと修得した人材は必ず必要です。
その得意分野を見つけた上で、機能する仕組み、やり方を考える。ここまで頑張りたいと思います(私、先生なので)。
[PR]
by dezagen | 2015-04-18 23:12 | その他