エキサイトイズム エキサイト(シンプル版) | エキサイトイズム | サイトマップ
カテゴリ:その他( 102 )
カトマンズ、アブダビ、シンシナティ、デンバー、東京 物の質の担保について
カトマンズ、アブダビ、シンシナティ、デンバー、東京巡りの話の続き。

ネパールは国内国外産に限らず、製品は物の質がお世辞にもいいとは言えない。
ペットボトルは薄くて、自立しているので精一杯な感じすらします。
b0141474_8475012.jpg


鍋、ザルなどキッチン用品は溶接手作りで、よく見るとサイズやパーツの着いているところバラバラ。
青いプラスチックのお弁当箱は着色剤がよく混じっておらず、水色マーブルになっているのがむしろ味というべきか。
靴を買おうとしても、表示されているサイズが必ずしもその靴のサイズだとは限らないようで、履いてみるまで分かりませんでした。

大きなメーカーはないけれど、小さい工場や、洋服のテイラーなどは商店街の中に多くあります。

結構びっくりしたサッシ工場。サッシって手で作れるんだ…。考えてみたら当たり前だけど。
金属パーツを小さい工場で加工。規格化されていない窓でも対応できる良さはある。
b0141474_8481473.jpg


普段、東京で物を買う時、日用品や食品はスーパーマーケットなどでパッケージを見ながら「ブランド」「物の量」「質」などを確かめ「値段」を見て買います。ですが、カトマンズではパッケージがなくて、物そのものと対峙せざるを得ない。お店の人にどれだけ知識があるか、自分にどれだけ物を見る目があるか、かつ、値段は適度かどうか確かめる力を試される。なかなか買い物も大変、と思っていたのですが、意外とそうでないかも。

例えばスパイス。
おばさんの顔が怖い写真になってしまいましたが、カトマンズのスパイス屋。店先のスパイスを計り売りし、その場で挽いてくれます。日本の米屋と同じ感覚。
b0141474_8484098.jpg


シンシナティ、クローガーのスパイス。
b0141474_849040.jpg


当然、スーパーマーケットでスパイスのことを説明してくれるおばさんはいないわけで、クローガーのプライベートブランドを信じるしかないわけです。中身を開いて香りをいちいち確かめているわけにもいきません。書いてある商品名を信じ、賞味期限を信じ、パッケージのあらゆる情報を信じて買うしかない。
こうやって一つ一つパッケージに品質を担保していかなければ、という行為に比べると、店先のおばさんに「これどうなの?」と聞いたり、実物を自分で見て確かめられる商店のほうが楽なのかもしれません。

日本ではこれまでほとんどの場合、S&Bやマコーミック、ギャバンなどスパイスに特化したメーカーのブランド力を信じて買って来たのですが、今後プライベートブランドの範囲が広がるにつれ、メーカーではなく小売店への信頼、そしてパッケージの信憑性が重要となってきます。
ただブランドとして全体を見た時にまとまりがあればいい、というものでもない。パッケージの責任重いです。
[PR]
by dezagen | 2015-04-02 08:50 | その他
カトマンズ、アブダビ、シンシナティ、デンバー、東京 物量について
ライター渡部のほうです。

3月は、想定外でネパールの首都カトマンズに6泊、トランジットでアラブ首長国連邦のアブダビに1泊、間に東京を挟んで、アメリカのシンシナティに4泊、トランジットでデンバーに1泊。
環境の全く異なる場所を移動して、価値観のありよう、その多様性について考えさせられました。

かなり各国経済の状況が異なるので、目安として各国の名目GDP、及び1人当たりのGDP(IMF調べ、2013年)を比較してみると
GDPは188カ国中、ネパールは108位、アラブ首長国連邦は29位、日本は3位、アメリカは1位。
1人当たりのGDP(USドル)はネパールが169位(692.46USドル)、アラブ首長国連邦19位(44,551.97USドル)、日本24位(38,467.79USドル)、アメリカ9位(53,000.97USドル)。あくまで参考まで。

アメリカ到着時、最初に考えていたのは、カトマンズの価値観でシンシナティに来ると、あまりの物の多さ、大きさに目が回る、です。

当初カトマンズはトランジットのための滞在予定でしたが、ちょうど帰国の日、3月4日に空港でターキッシュ エアラインズの着陸事故があり、空港が復旧するまでさらに4泊することになってしまいました。
「(事故自体は大したことがなかったもの)空港にクレーンがなく、事故機が移動できない」
「人力で移動させる」
「ブルドーザーで動かす」
「それは待てとターキッシュ エアラインズから連絡が来た」
というようなニュースを見るにつけ、よほど物資がないのだなあと感じます。
そんなことに感心していても何も起こらないわけで、さすがに自分の生活物資も心許なくなってきたところなので、物資を求めて商店街へ。

スーパーマーケットのような業態もありますが、基本は商店街や市場。その日、その時に必要な分だけを買うのが普通です。
カトマンズでは自国製よりインド産、中国産のものが多く売られています。そもそも、自国のメーカーも、電気や道路、ゴミ処理などあらゆるインフラが整っていないため、大量生産が難しく、流通網も限られ、メーカーと言っても小さい規模でしか成り立ちません。

そんな小さいものを小さく売る、買うという場から一転、巨大なシンシナティのスーパーマーケット。

インスタントティー 1ガロンパック。
b0141474_7434382.jpg

冷蔵庫に入れて家族で飲むのだろうなあと思っていたら、鞄にぶら下げて持ち歩いていた人もいました。えーっ。

まとめ買いペン。
b0141474_7442248.jpg


ペンはしょっちゅうなくなるものなので、これくらいまとめ買いしてもいいのかもしれないです。
オフィス街に近いところに滞在していましたが、文具店は見つけられず、普通の文具はスーパーマーケットかドラッグストアで買うしかない。

鉛筆削り12個。
b0141474_7461342.jpg

こんなに使うんだろうか…。

単純に東京からシンシナティに行っていたら「余計だな」と思っていたはずなのですが、今回はネパールの物資状況を見ていたため、単純に物量の多さに憧れすら感じました。
生活の質の観点からすると、物がふんだんにあるということは、必ずしも豊かさの象徴ではありませんが、やはり目に見えて多い、大きいというのは圧倒的な力があるのでした。
[PR]
by dezagen | 2015-04-02 07:51 | その他
富士屋ホテル
ライター渡部のほうです。

12日、13日と箱根に行っておりました。
富士屋ホテル www.fujiyahotel.jp に滞在。普段ホテルにはあまり気を使わず旅をしているのですが、富士屋ホテルは登録有形文化財ということで、泊まってみようかなと思った、割と軽い理由でした。

b0141474_16571349.jpg


富士屋ホテルは、明治11年(1878年)日本初の、主に外国人向けの、本格的なリゾートホテルとして開業。火災のため焼失するも、1884年に再建を始め、現在残る本館(1891年)、1,2号館(1906年)を、1923年の関東大震災を乗り越え、1930年に食堂、1936年に花御殿、と棟を増やして行ったそうです。

建築のディテールや、ホテルそのものの歴史に関しては
富士屋ホテルのHP内の解説 www.fujiyahotel.jp/enjoying/index.html
『箱根富士屋ホテル物語』山口由美著 千早書房 に詳しいです。

予習で読んでいった『箱根富士屋ホテル物語』の中にあったフレーズ「西洋と東洋の融合—。富士屋が追い続けた美学(後略)」というのは、行くとすぐに実感できます。

窓から見える光景はこう。
b0141474_1659922.jpg

でも中は完全に洋室。
あとはディテール写真ですが、明治、大正、昭和、その時なりの和洋折衷が垣間見られます。

b0141474_1703382.jpg

チャペルの上のステンドグラスのモチーフが和風建築(恐らく富士屋)。

b0141474_1712193.jpg

洋風家具とも和風家具とも受け取れるけど、富士山のモチーフが来るともう和風に見えてしまう。

b0141474_1731944.jpg

資料室にあったもの。昔のラベル。でも今もこんな感じ。

ダイニングルームはすごかったです。これも富士屋のHPのほうで是非。
www.fujiyahotel.jp/enjoying/structure_spot/02/index.html
建物内観はかなり和風(特に天井)なんですが、テーブルと椅子で西洋料理のしつらえ。

b0141474_173519.jpg

洋食器。縁取りが富士山モチーフ。
他にもディテールの見所盛りだくさんで、1泊2日では写真に撮りきれません。

一言で言うと「エキゾチック」。
日本人の私が日本のものを見てエキゾチック、というのも何なのですが、外国人目線の日本なのですね。
で、思い出したのが1900年パリ万博の際の日本館。

b0141474_1710440.jpg

b0141474_17101917.jpg


デザインのモダニズムの文脈では解けない魅力があります。
この前まで「日本のデザインって何だろう」が課題でしたが、それに加え「エキゾチックって何だろう」が追加されました。

おまけ。
駐車場の富士山。
b0141474_17594596.jpg

[PR]
by dezagen | 2015-02-14 17:16 | その他
ネパールとインドに行って考えたこと
ライター渡部のほうです。

年末にネパールのポカラとカトマンズ、1月中旬にインドのチェンナイに行ってきました。
ネパールのことはこのブログでも書きましたが、「デザインないなー」という感想。
デザインという言葉は広い意味がありますが、この場合は簡単に言うと「デザイナーの仕事が全然見当たらないなあ」です。

一方、インドのチェンナイは急速なスピードで成長している国、都市だけあって、モノに溢れていました。過去にマドラス(1640年〜1996年)として知られた工業、産業の発達した地域なので、もともと豊かな街なのでしょう。

行く前はネパールもインドも同じ西インドくくりで考えていたので、かなりなにもない街と、モノに溢れた街のギャップに驚きました。が、このモノに溢れたチェンナイでも「デザインないなー」という気分にさせられました。デザインない、というより、デザインされてない、というべきでしょうか。整然としていないのです。
(とはいえ、チェンナイでは中心部から少し外れたところで、ほとんど外出してなかったので、中心部にいたらもう少し違った印象だとは思いますが)

例えばタミル語の新聞を見ても(読めないけど)、とてもフォーマットが決まっていると思えないレイアウトで、広告がいっぱい入りすぎてどこが本文か分からないブログ記事みたいな作り。ちなみに全国版の新聞は英語でしたが、こちらはフィナンシャルタイムスのような感じ。
パッケージは洗練されているものが多くありましたが、これまたどこかで見たよね、というヨーロッパ風のものでオリジナル感はありませんでした。
サイン計画はかなりひどかったです(空港で迷いまくった)。

ネパールもインドのチェンナイも別の意味で、デザインないなあ、という印象を受けつつ、実は学校の課題テストの採点をやってたんですが、そういう状況にあると、学校で教えていたり自分で考えていたりする「デザイン」って何なのだろう、という疑問が湧いてきます。
デザインというよりインフラが整っておらず物資も少ないネパールは、現状モノの形云々よりは、モノの物量のほうが大事なんだろうなとは思います。でも、モノに溢れているのに形はそんなに重要視されてなさそう(実際、キラキラしていたり色鮮やかだったり派手だったり重要視されている形や色はあるはずなのですが、衝撃度が強ければいいように見えて、細かい作りとかはどうなのかよく分からなかった)な場所にいると、改めて、日々「デザインが大事」と言っている自分の根拠を探さないといけないと思ってしまいます。

などなど、ちょっと考えるところあったものの、日本に戻って、すんなり空港の使い方が分かる、モノの形で何がどうなのか判断できるって素晴らしいと実感したことも事実です。
[PR]
by dezagen | 2015-01-26 02:28 | その他
ネパールの建築工事
ライター渡部のほうです。

引き続き、ネパールで気になったもの。「建築」
とはいえ、特定の「建築物」がすごい、のではなく、建物を作るってこんな大雑把なのかあ、という話。

どうも典型的らしい工法。四角のブロックを1ユニットとして、それを上に横に重ねていく方式。
b0141474_17333411.jpg


ちょうど工事中の物件が。
b0141474_17345183.jpg


中を覗くと、
b0141474_17352792.jpg

このように地下部分を掘り、コンクリートを流しで地盤作り。
四角のユニットの4点に鉄筋を差し、それをコンクリートで固めた柱を作る。
最初の写真のように、壁を煉瓦で埋めていき(窓は適所に作る)、コンクリートで上に蓋をするような方式で、2階、3階と延びることを考え、鉄筋は伸ばしておく。

ということらしい。
簡単だな−。
この現場の向かいの空き地に壊れた家具が集まってる、と思ったら
b0141474_17422181.jpg

家具作業場でした。
b0141474_17424245.jpg

古い家具や建材を持ってきて、建築物の壁が出来る前に入れるのか、後で入れるのか。
いずれにしても、できたらすぐ家具入れる、みたい。

こちらは別の物件。
b0141474_1746315.jpg

コンクリート用の砂利を女性が運んでいて、男性もそうだけど、素足(にビーサン?)で、わー、危ないよ〜、とヒヤヒヤする。人力すぎる。

ヒヤヒヤするといえば、ランチを食べたカフェのトイレが3階だというので、3階に上がったら
b0141474_1747498.jpg

空筒抜けの改装中。
下では普通に客がご飯食べてましたが、上はバリバリに工事中。
騒音がしなかったのは人力によるためでしょう。
足場の底が階段の上に煉瓦を置いただけ、というのが怖い。

もっとヒヤヒヤしたのが、この建築物の足場。
b0141474_17483377.jpg

もう垂直も水平も何もないな。
危なっかしい、この足場はカトマンズ(首都です)の国内線空港の拡張工事。
日本で言えば羽田。

建築とはちょっと違うけど、これは怖い。
b0141474_17561347.jpg

電柱にからみつく電線。なにがどうするとこういう風になるのか、そもそもどう電線を付けているのかが全然分からないのですが、カトマンズの中心部ではすべての電柱がこんな感じ。
そこに鳥が止まってる。鳥から見て人間はどう見えるのかなあ。

さらに怖いこの状況。
b0141474_17592778.jpg

電線が巻き付きまくっている電柱の地盤がぬかるんで、倒れる一歩手前。
雨期じゃなくてよかった。
[PR]
by dezagen | 2015-01-03 18:01 | その他
「現代デザイン論」について思うこと
ライター渡部のほうです。ブログ久々。

現在、東京造形大学で「現代デザイン論」という講義を担当しています。
ここで悩ましいのは「現代デザイン」とは何か?という点。
デザインとは何か、というテーマは様々に語られているので、それは一旦置いておいて、
難しいのは「現代」の定義です。

私の家のPCに入っている国語事典「スーパー大辞林」の中で、「現代」とは
1 現在の時代。その人が生きている,今の時代。
2 歴史の時代区分の一。世界史的には一般に,大衆社会の成立をみた一九世紀末以後,あるいは資本主義社会と社会主義社会の並立した第一次大戦後をさすが,日本史では,第二次大戦後をさすことが多い。
とのこと。
2に沿って、19世紀末以降、にしてしまうと「近代デザイン」だろうし、「日本史では第二次世界大戦後」と言われても、私の担当授業内の話になってしまいますが、50年代〜2000年代までは「グラフィックデザイン史」という項目でカバーしています。
つまり、2 では難しい。
では、1 の定義、現在の時代。その人が生きている,今の時代。 とすると、今、何が起こっているのか、を伝えることになります。

実際、私のやっている「現代デザイン論」では、今起こっていることや今あるものについて紹介する方法を取っています。
キャンパスノートやアラビックヤマトなどの文具もあれば、マジックリンやカップヌードル、ポッキーなどパッケージの世界展開の話もあれば、家具やインテリアデザインイベントの話もします。
「現代デザイン論」と名前は付いているものの、「論」を1から10まで順序立って説明するのではなく、断片をザクザクと見せていく、という方法です。

なぜかと言えば、現代が現在進行形だけにそれを総括して論ずる、ということが難しいからです。
(とはいえ、最終週は総括の話を入れないと、とは思っていますが)
断片として見せている、もう一つの理由に、今のデザインないし文化そのものが、非常に断片的だから、というのもあります。

50年代から80年代くらいまでマスメディアが「こうなんだよ」と言い、読者や視聴者が「そうなんだ」という、大筋で単一な流れがある時代が続いていました。
ところが90年代から徐々にインターネットとソーシャルメディアの普及し、個の力がぐっと強くなり、個が個に対してメッセージを発信する、それを受け取るようになりました。私はこの状況を「断片化」と捉えています。

次の課題は、どう総括するのか、です。
実は昨年度まで、この断片化したデザインのトピックを紹介するだけでそれぞれの学期を終わっていました。
ところが、別の授業での話ですが、学生から「もっと全体的な流れを説明して欲しかった」という声がありました。
ライター業では、記事、つまり断片化されたトピックを突き詰めて書くことが求められます。そうしたことを積み重ねて行くことで、大まかでも全貌が次第に見えてくる、時代の流れが見えてくる。それを基礎情報として自分の中に入れておいて、また断片について書く。この繰り返しです。

学生も断片を見ることで全貌は分かるよね?と勝手に思っていたのですが、どうもそうではないらしい。
自分の授業のツメが甘かったことを露呈するような話ですが、私の授業には俯瞰する視点が非常に欠けていたのでした。
現在進行形のものを俯瞰することは非常に難しいのですが、それでもやはり求められていることは応えなければ。

自分の頭内だけでは無理なので、現代デザイン、contemporary designと名の付くものを手当たり次第、読んで、見て、と、今(最終講義は17日、あと2日)はそのぎゅぎゅぎゅと頭に入れたものを、整理しているところです。

ネット上での資料で面白いと思ったのが、デザインジャーナリスト藤崎圭一郎さんのブログ「藤崎圭一郎の雑思録」での
モダニズムについて
http://cabanon.exblog.jp/21368350/

また「デザイナー/デザイン業 - 中部経済産業局ホームページ」のpdf書類のように、デザインを文化として捉えるのではなく、あくまで産業の一つとして考える見方も参考になります。
http://www.chubu.meti.go.jp/tyosa/creative/i.pdf


ここでは、デザイナー/デザイン業 の仕事内容から、報酬ガイドラインを作ろうとする現在の動き、今後の重要性などが分かりやすく書かれています。
(全国をカバーする統計局のデータでもどこかにあるはずなのですが、データが膨大なため、デザイン業を説明するページを見つけられませんでした。)

こんな感じで色んな資料を見ながら、今「現代はどうなっているのか」を俯瞰し、総括する話をまとめているところです。

授業とは別の話になりますが、
RCA(Royal Collage of Art)のサラ・ティズリー教授とで、「Contemporary Design History =現代デザイン‘史’」とは何か、を探るワークショップを行ったプロジェクトが、ウエブサイトになりました。
http://designhistoryofnow.rca.ac.uk
このウェブサイト上で(も)この議題というか永遠の課題を語って行くことになります(ただ、更新頻度はよく分かりません。ひょっとしたら1年に1回とかになるかも)。
[PR]
by dezagen | 2014-12-15 11:09 | その他
東京オリンピック2020 エンブレムデザイン応募要項
2020年 東京オリンピックのエンブレムデザイン応募要項がアップされました。https://tokyo2020.jp/jp/emblem/guidelines

以前書いた招致エンブレムデザインの記事はこちら
前回は「招致」のためのデザインだったので、公募で学生さんの作品が選ばれたんですが、今回の募集は本番のデザインということで、プロのデザイナー、しかも有名デザイン賞の受賞歴がある方からの応募に限っているようです。

審査員の方々も発表されました。各デザイン団体の代表をつとめる大御所デザイナー、若手、女性、グラフィック系以外のジャンルから審査員が選ばれています。が、デザイン評論家やジャーナリストのような「自分でデザインしない」立場の審査員がいてもいいんじゃないかなと思いました。客観的な立場から「おいおい、ちょっと待って。それでいいの?」って冷静になれる人が必要なんじゃないってことです。

エンブレムにはマークのほかに「TOKYO 2020」のような文字も入ると思うので、文字っ子編集者としては非常に気になるところ。いずれにしても、年内には選考されるらしいので、引き続き注目していきたいと思います。
[PR]
by dezagen | 2014-09-17 07:17 | その他 | Comments(0)
雑談 ドラマ『Father Brown ブラウン神父』
ライター渡部のほうです。

学校は夏休み。
世間はお盆休み。
フリーランスとしては社会的な「休み」というのはあまり関係ないのですが、自宅作業が続くとどうしてもマイペース、怠けがち。本を読んだりDVD見たり、極楽ではありますが、恐らく夏休みの最後に泣くことになるのでしょう。

溜まった仕事の書類を横目に、溜まった「見てないDVD」を立て続けに見ています。
イギリスBBCのミステリドラマ『Father Brown(邦題 ブラウン神父)』は、日本でもおなじみGKチェスタートンのブラウン神父シリーズをベースにしたドラマで、現在シリーズ2(シリーズごと各10話、合計20話)まで放映され、シリーズ3も予定されています。
イギリスBBCのサイト: www.bbc.co.uk/programmes/b03pmw4m
日本で放映しているAXNミステリのサイト: http://mystery.co.jp/program/father_brown/index_s01.html

原作は1911年〜1935年に発表されていますが、ドラマは50年代を設定しています。
ドラマや映画は必ずしも原作に忠実でなくてもいいのですが、原作が英国ミステリ好きが好きそうな20年代、30年代(同じくBBCのポアロのシリーズは30年代設定に作り直しています)なのに、なぜ50年代を選んだのだろう、と思いつつ見ておりました。

全体的にあまりドロドロした人間関係の絡まない軽いタッチの(今で言うとコージーミステリ)物語が多いので、楽しさを演出するには50年代という時代が適切だという判断かもしれません。
もしくは現実的に20年代、30年代より、50年代のほうがセットや小道具を揃えやすいからかもしれません。

ちょいとググったところ、番組プロデューサーCeri Meyrickのインタビューがあり「時代モノを作る時は、人の記憶が残っている時代にするといいというアドバイスを受けたため。自分としては時代を感じさせない話にしたい」とあります。

私自身50年代の記憶はありませんが、50年代に生まれた文化はよくリバイバルしているので、多くの人が理解しやすい時代なのでしょう。また、50年代は新しい製品が続々と市民生活に入り込んで来た時代である一方、特に田舎の町(ドラマの設定は架空の町ですが、撮影はコッツウォルズで行われています)は昔ながらの生活も営まれていた時代。「時代を感じさせない」という意味で、50年代の田舎町を選んだのは納得がいきます。

『Father Brown(邦題 ブラウン神父)』で面白いと思ったのは、車の扱われ方。
デザイン史をやっていると、どうしてもその当時の最新の出来事を取りあげることになるのですが、実際の生活というのは新旧が混ざり合っているものです。
一般市民でも自動車が買える時代になった50年代、というのは日本もイギリスもさして変わらないのですが、現代のように皆持っているという時代ではありません。
主人公のブラウン神父は車がほとんど運転できず、自転車を乗り回します。一方、警察は車をバリバリ使っていて、ブラウン神父はスピードの勝負には負けるのですが、細い道や抜け道を駆け巡ります。ドラマの中で直接的に表現されてはいないのですが、細かく洞察する探偵役の神父には、自転車のスピードや裏道を、急いで解決に結び付きたい警察には車を、という関係が見えてきます。

モーターショウが行われるけれど、町のご婦人方には車のことはさっぱり、というシーンがあったり、貴族+お金持ちの象徴ロールスロイス+運転手、という存在もまだ健在です。

調査のために遠出をし、途中運転手のシドだけが田舎の宿に残されるシーンがあります。
その時神父はシドに「どこに向かってるかは分かるね」と言うのですが、シドは「(車なしで)どうやって行けって言うんだ」と返します。
車によって人々の移動は自由になったものの、限られた人だけが車を持つことができ、(都会なら公共交通もあり、タクシーを呼ぶこともできるのでしょうが)田舎では車の調達もままならない、まだまだ皆が移動するという環境ではないことをうかがわせるのです。

ドキュメンタリーではないドラマを信じるわけにもいかないのですが、歴史好きの集まるイギリスなので、ドラマの歴史考証もはげしく間違った解釈を加えることはないでしょう。

それにしてもDVDを見たり、その感想をブログに書いている時間があったら仕事しろ、と、自分でも思います(でも仕事をし始めると眠くなります)。
[PR]
by dezagen | 2014-08-14 05:45 | その他
雑談 (自分の好きな)音楽とデザイン
ライター渡部のほうです。

学校の仕事がまだ終わりません(嘆息)。

今日昼間は宮後さんとの仕事。
久々にリアル宮後さんと会い、喋ったりして、ガスを抜いて刺激をもらってきました。

電車の往復時、読んでいたのが、今日amazonから届いた
『I Want My MTV: The Uncensored Story of the Music Video Revolution』 Rob Tannenbaum / Craig Marks 著 Plume刊
www.penguin.com/book/i-want-my-mtv-by-rob-tannenbaum/9780452298569
の数ページと
今日、図書館から借りてきた
『 ラジオのこちら側で』ピーター・バラカン著 岩波書店刊
www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1301/sin_k694.html
の飛ばし読み。

前者はMTVの全盛期(筆者曰く1981年から1992年)を、時期やトピックに分け、関係者のコメントを集めたもの。592ページというボリューム。
まだ本当に数ページしか読んでいないのですが、チャンネルとしてのMTVだけでなくプロモーションビデオ文化の成り立ち、受け止められ方、影響、などが分かる、(今読んでいる感触では)楽しい本です。

後者はラジオを中心にブロードキャスターの仕事をしているピーター・バラカンさんが、来日してからどんな風に仕事をしてきたかを綴ったもの。70年代半ばから現在に至るまで、日本で「洋楽」がどのように伝えられてきたか、また雑誌、ラジオ、テレビ、インターネットなどメディアの変遷と特性について書かれているところが面白いです。

突然音楽関係2冊、なんですが、最近になって
「自分は音楽を聴いていたのではなくて、音楽のヴィジュアルイメージを見てたのだった」
と気がついて、がーん、とショックを受けてたところで、
音楽とビジュアルイメージ(ポスター、雑誌などの印刷物での露出、レコード・CDジャケット、プロモーションビデオ、Youtube、配信メディアのインターフェイスなどなど)との関係について書かれた本はないかいな、と探しているところだからです。

昔から「渡部さんは音楽の趣味が悪い」と言われ続けていて、昔はたくさん聞いてたはずなのになぜ耳が肥えないのであろうか、というのは長年の疑問でした。
このところしばらく1982年〜1985年くらいの音楽を聞いたり、Youtube(便利だな。来年で10周年)を見たりしていて、はた、と、私は音楽じゃなくてミュージシャンのルックスとかジャケットとか、プロモーションビデオの映像とかそんなものから「好き」を選んでいたのだった、ということに気がついたのでした。

80年代は次々新しい手法のプロモーションビデオが出てきて、ポッパーズMTVやベストヒットUSAというTV番組が楽しみで仕方なかったし、グラフィック表現の媒体として適度に大きさがあるレコードが主流だったので、ビジュアルイメージに触れずに音楽を聴くほうが難しかったかもしれません。

残念ながら、レコードはCDにサイズダウンし、そして配信というほとんどグラフィックの要らないものになってしまいました。
プロモーションビデオも作っている人は作っていますが『I Want My MTV』の筆者が言うように1992年以降は、勢いがないように感じます。
ここ2,3年ほどK-popを聞いて、ではなく「見て」いるのも、韓国の音楽産業は動画配信、つまりビジュアルイメージを活用している唯一の国に見えるから、です。
でも、このK-popも映像依存が弱まっているように感じます。

日本のアイドルがいるじゃないか、と言われそうですが、日本は国内なので、広告イメージという別のグラフィック要素があること、歌詞の内容がそのままダイレクトに母国語として耳に入ってきてしまうので、ビジュアルイメージと同時に歌詞のイメージも入ってくること、で、他の要素も絡んできているところが少し違うと思うのです。

音楽とビジュアルイメージの関係性って何なのだろう、という新しい疑問にぶつかっているわけで、『I Want My MTV』 を読んで解消できればいいのですが、MTV本国アメリカから見たMTV文化なので、日本から見た「洋楽」(今言わないですねー、この言葉。外タレとかも言わないね)、つまりネットのない時代で情報に乏しく、ジャケットやビデオや雑誌という数少ない情報がミュージシャンに対するイメージの源泉だった環境だとまた違うのだろうなあ、疑問が続きそうだなあ、と思っています。

あ、ちなみに今日の取材は秋発売のTYPOGRAPHY06 に掲載予定です。
さて、学校の仕事に戻ります。
[PR]
by dezagen | 2014-08-06 21:00 | その他
余談 雑談
ライター 渡部のほうです。

ブログを宮後さんにお任せしっぱなしで、とんとご無沙汰になっております。
出張とオープンキャンパスと学期末のあれこれに追われた7月が終わり、8月にはヒマになるかとおもいきや、チクチクと残務処理。
大学って仕事多いなあ。
ブログに書こうと溜めているネタ(コンピュータ上、ファイルにはしてるんですけど)も10に届きそうな勢いで、いつになったらブログ復帰できるのやら。

あと、これとあれが終わったら一段落でブログに、という感じですが、お盆頃かもしれません。

今、倒れそうなほど積んである書類を1つ1つ処理してるのですが、さすがに疲れたので、息抜きブログです。

そういえば、私、今年で30周年
ということに気がついたのですが、何の30周年かといいますと、初渡英から。
高校1年生の時にホームステイなるものでイギリスの南部に2週間、ロンドン3日、パリ2日だったかな、そんな短い間でしたが。
初海外、初長期旅行でした。

確かホームステイ先の家は、お父さんがパートタイムでお母さんがフルタイムで働いていたと思います。
なので、お父さんが子育ても家事もやってて驚いたとか、
日本だと、お客さんが来る、食事するというとなんか家をきれいにしておいたり、色々おもてなしするわけですが、家でやるパーティなんていってもものすごいカジュアルだったりとか、
本やレコードは時期が過ぎると値段が下がるんだ、とか、
日曜日は店が全部閉まるんだ、とか、
あらゆることがカルチャーショックで、
一番大きかったのは多分、自分のやることに責任を持つんだったらそれはそれでいい、という考え方だったような気がします。

グループプログラムがあって団体行動するわけですが、当時私の環境で言うと「団体行動」というのは、選択の余地がない、必ず同じことをしなければならない、という命令に等しいものだったのですが、
団体行動でも「この人は主旨に賛成できないから参加しない」というのが、きちんと理由があれば許されていたのが驚きでした。

日本の常識って海外から見ると常識じゃなかったりするんだな、と、イギリスから戻ってきて、ものの見方が随分変わってしまい、で、それから30年も経ったわけです。
[PR]
by dezagen | 2014-08-04 11:45 | その他