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カテゴリ:その他( 102 )
大学のお仕事
ライター渡部のほうです。

大学の先生になって4年目。

授業で教えるだけだと思っている人が多いと思うのだけれど(私も先生になる前はそう思っていた)、実際は他にも色々仕事があって、今週末の14日(土)、15日(月)は「専攻領域説明会」なる会が開かれる。
これから受験する方々向けに学校の説明をする日、ということですね。
www.zokei.ac.jp/news/2014/004.html
渡部と、高田唯先生(いまだに高田唯さんが同僚というのは不思議な感じがする)は2日間おります。

ちなみに、高田先生(やっぱり、高田唯さんに「先生」付けるのはなんか不思議だ…)デザイン、渡部テキストで、彫刻専攻のパンフレットを作成。カッコイイので、是非多くの方に手に取っていただきたいパンフ。
写真が出来たらまたブログに書きます。

で、もって、これは大学の仕事というより、大学から許可をもらって研究のため(実際まだRCAサラ・ティーズリー博士との共同研究が終わってないのだった)出張期間をもらったのだけれど、来週16日からはロンドン。です。
この前行ったオスロの話の続きや、チューリッヒのレポートをブログにアップできてないので、多分ロンドンで書くんだろうなあ、私。

さて、仮眠して今日は午後からデザイン史の授業。
(もう4回もやってれば、同じ事のルーチンだと思われるかもしれませんが!私はアホだからなのか、忘れっぽいせいか、いずれにしても配布資料も作るので毎回、前日に予習してるのです。)
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by dezagen | 2014-06-13 04:06 | その他
新しい場所など、いろいろ雑感
編集宮後です。
先日アップした雑誌についての記事、たくさんの方に読んでいただけたようでよかったです。

雑誌と並んでいま気になっているのが人が集まる場所について。

カフェやサロンなど、人が集まる場所はいつの時代もなぜか定期的ににブームがやってきます。いつでも誰かとつながれる時代になっても、いや常時接続時代になったからこそ、リアルな場で人と会うことの価値が以前よりも高まっているような気がします。

スカイプで簡単に打ち合わせができてしまう今、時間とお金を使って人に会いに行くというのは、とてもぜいたくで豊かなことなのだと思うようになりました。

最近、感度の高い方々がなぜか同時多発的に自分から発信する場所、人が集まる場所をつくられたのは単なる偶然ではなく、そういう兆候を感じられたからでしょう。

萩原修さんたちが中心となって運営している「国分寺さんち」、デザイナー松下計さんのearth & solt、台東区三ノ輪のオルタナティブスペース「undo」などなど、新しいスペースも生まれています。

新しい雑誌ができればそこに人や情報が集まってくるように、新しい場所にも人や情報が集まります。しかし、私たちはそれらに集まる情報を買うのではなくて、それらによって得られる体験を買っているのです。だから、わざわざお金を払って紙媒体を(物理的に)買う、その場所に行って体験するという行動こそが大事なんだと思います。クリックだけでは得られない何かを。

タイポグラフィ関連のイベントが盛況なのも、直接会うことの重要さ、体験の重さを参加してくださる方々が感じていらっしゃるからではないでしょうか。本を通じて知識を得ることはできるけれど、やはり著者(情報発信者)本人の口から直接発せられる言葉は力強く、受ける側の心に残ります。リアル空間でしかできないそうした体験の価値が今後ますます高まっていくことを考えて、次世代の編集をしないといけないなと思うのでした。

「体験」と並んで、これから重要になるのは「思い出」でしょう。どちらも物質/物体ではないものですが、それらをどうマネタイズしていくかがこれからの課題になりそうです。
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by dezagen | 2014-05-12 22:22 | その他 | Comments(0)
製本工房「EINBUCH」
編集宮後です。
少し時間が経ってしまいましたが、代々木公園にオープンした製本工房「EINBUCH」を訪問してきました。とてもセンスがよく、気持ちのよい工房です。

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工房主の毛利彩乃さんは武蔵野美術大学を卒業後、製本を学ぶため、ドイツに留学。帰国後、しばらくしてからこちらの工房を立ち上げたそうです。
毛利さんが留学していた付近には、こうした製本工房が街中にあり、個人のお客様が製本の依頼をされるのだとか。

この工房もそうしたドイツの工房をイメージして整えたそうです。壁には製本で使う道具がずらり。見た目も美しく、使いやすそうな収納。真似したくなります。
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こちらが工房主の毛利さん。
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平日はこの工房で作業をしているそうですが、打ち合わせなどで外出することもあるので、アポイントをとってから訪問したほうがよいそうです。個人からの依頼も受け付けてくださるそうなので、依頼したい方はこちらから毛利さんにご連絡を。
http://einbuch.jp/
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by dezagen | 2014-05-12 21:50 | その他 | Comments(0)
ミナ ペルホネン展示会
ライター渡部のほうです。

先日、ミナ ペルホネン www.mina-perhonen.jp の、2014/15秋冬コレクションの展示会に行って来ました。

インビテーションはこんな感じ。
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厚地の白い紙をベースに封筒は黄色+薄黄色+柄の部分は透明箔押し、中に入っているカードは黄色+黒+銀箔押し、で作られています。
グラフィックデザインは、前回同様菊地敦己さん。 http://atsukikikuchi.com
封筒の上に乗せた半透明の紙は、展示会でいただいた、今回のコレクションのテーマを説明したもの。

今回のテーマは「結晶」。
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改めて、結晶って何だろう、と家のPCの中に入っているスーパー大辞林曰く
① 原子あるいは原子団分子イオンが空間的に規則正しく配列した固体。
② 積み重ねられた努力などが一つの形をとってあらわれること。また,そのもの。「愛の―」「長年の努力が見事に―する」
雪の結晶や塩の結晶が分かりやすい例ですが、② のように抽象表現として用いられることもあり、よく考えるとますます分からなくなりそうなのですが、このテーマ説明の文章の「互いにつながりあう」というのが一番分かりやすいように感じます。

ちなみに、2014年は、結晶の仕組みを発見し結晶学が始まって約100年を祝う「世界結晶年2014」なのだそうです。
世界結晶年2014日本委員会のHP。地味ですが、写真や図の解説に尾形光琳「紅白梅図屏風」が入っているのが面白い。ご興味ある方はご覧下さい。
www.iycr2014.jp/caption.html

話が逸れました。

ミナ ペルホネンの展示会です。
今年のコレクションの代表的なパターンを並べた棚を。
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インビテーションにも使われているパターンは「frost garden」と言います。

そういえば、冬、植物に霜柱が付いている、あれも結晶ですね。
なので、インビテーションのカードは霜部分だけ銀箔押しなのかー、と家に戻って気がついた次第。
他に、石をモチーフにしたパターンや、格子状のカラフルなパターンで、実は糸がみっちりと絡みつくように刺繍された布など、1つ1つテーマが活きています。

いつも刺繍は多く登場するミナ ペルホネンですが、今回は特に「みっちりした」刺繍が多かったように感じます。刺繍モノは、裏地が見れると楽しい。ふんだんな糸がこう来てああ来て、と、全部技術を理解できるわけではないですが、その懲りようと手間の掛かり具合が分かります(もちろん目に見えないようにしてあるものも多いですが)。

ファッションを専門に書いているわけではないライター(=私)でも、ミナ ペルホネンの展示会はなるべく行くようにしています。
平面/グラフィック/イメージが立体になる、布というのが面白いんですね。
パターン/グラフィックを基調にしつつ、様々な布の製法で表現しているミナ ペルホネンは見ていて飽きません。

展示会で刺繍がふんだんに使われたコートジャケットが欲しいな、とちょっと思ったのですが、残念ながら私は肩幅がありすぎて入らない、のと、お値段が自分の身の丈に合わない、と諦めました。
とはいえ、この刺繍技術、縫製技術(他にも織りの技術なども)を、仮にヨーロッパのブランドで作ったら、恐らく値段が2倍か3倍になるでしょう。アジアで作れば価格は安くなるかもしれませんが、この高技術をある程度量産できるかどうか、分からないところです。
ミナ ペルホネンもそうですが、日本のファッションブランドと、それを支える素材のメーカーや工場の技術力はやはりすごいと感じました。
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by dezagen | 2014-04-11 23:45 | その他
ロンドン、気になったもの
ライター渡部のほうです。

昔『パリ、テキサス』って映画がありましたね、ってさっき、ロサンゼルスの「パリス」床屋を見つけたから思い出したんだけど、映画はテキサス州にあるパリスって土地の話だった。

ロサンゼルスのホテル(私にすればモーテル。店1つ1つが遠いし、人が歩いてないし。泊まり客みんな車で来るし、フロント通らないで部屋に行けるし)にいて、ロンドンのことを思い出しているというのも奇妙な感覚なんだけど、モニター見てる分には、それがどこであろうと関係ないというのが今のネット社会を映し出…、まあ、いいや。

ロンドンでその他、気になったもの。

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Dalston Kingslandというロンドンでもイーストな場所に泊まっていて、映画館の看板文字がサイズがバラバラで味が出ちゃった例。

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ブリストルの駅で。上りと下りが分かりやすい。白地に色マーク。

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こちらはパリ。
スーパーマーケットチェーンのMonoprixのチビ版なのかな、Monop'というサブブランドチェーンも展開していて、そのマークがアポストロフィーだけ。
意外に目立つ。そしてみんな分かる、くらい浸透してた。
こういうシンボルマークが作れるのは大手の強み。

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今回、ロンドンで一番気になった=日本に導入すべき、と思うもの。
ロンドンのOverground(地上線、の意味。地下鉄=Undergroundに対して作られた、新しい交通網)は、どの車両もドア側一番端がすっかり使い倒され、色がくすんでる。
のではなく、もともとトーンを落とした色のモケット地を起用。
このドア側一番端の席がすべて優先席となっている。
確かに、弱っている時は、ドア入ってすぐの席が楽。そして出やすい。
優先席を固めると特別感が出て、なんとなく座りにくいという人もこんな感じだと座りやすい気がする。

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白紙広告スペースなのだけれど、ダークグレーの部分も広告スペースで、ここ、今空いてます、というCBS outdoor(屋外広告の会社)の広告、というbook in bookみたいな入れ子状態。

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乗り換えのチューリッヒ空港。
誰もいないスペースって、現代美術っぽく見えるのはなぜなのだろ。

以上です。
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by dezagen | 2014-03-12 16:57 | その他
ロサンゼルス ダウンタウンの床屋PARIS
ライター渡部のほうです。

今年の春休み(学校的に)は、何もスケジュールを考えずに飛行機のチケットを取っていたようで、今、ロサンゼルス。

ダウンタウンの床屋。

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分かりにくいですね。
拡大。

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名前が「PARIS」
分かりやすい。

日本でも、サロンド〜とか、喫茶ボンジュールとか、なんとなくお洒落風を装いたいときにはフランス語やフランスの地名が出て来るものです。天才バカボンのイヤミみたいなものでしょうか。
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by dezagen | 2014-03-12 14:53 | その他
UWE University of West England に行って来ました
インハウスライターの渡部千春です。

このポストを忘れておりました。
ロンドンにいたときに書きかけて、その後放置されていたものです。
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現在ロンドンにおりますが、特別何かの展示を見に行ったりしているわけではなく、銀行行ったり、スーパー行ったりしつつ、普通に部屋で仕事をしているインハウスなライターです。

とはいえ、インハウスなだけではなく、色々やることがあってですね、
The University of the West of England 略してUWE www.uwe.ac.uk に交換留学中の学生の進展状況を眺めに、ブリストルまで。
電車で2時間くらい。日本で言えば、愛知とかそんな感覚でしょうか。

グラフィックのコースがある校舎。
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増築改装中でしたが。
他にジャーナリズム、写真、フィルム、アニメーション、が併設されてました(はず。記憶がおぼろげだなあ)。

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こちらは木工工房。のサイン。いいですね、こういうの

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印刷工房。インクの香り。活字の棚。
シルクスクリーンや活版など「手で作る」印刷の工房のスペースが大きいと思いました。
他にも陶芸の工房があったり、手作業を大事にしているようです。
あ、もちろんPCルームもあります。

UWEではコースが決まると、クラスも自動的に決まっていく仕組みで、選択授業はほとんどない、と教えてもらいましたが、個人での制作時間が多い分、こうした工房を使ったり、学生が自主的に自分に向く制作方法を覚えていくのかな、と思いました。

あと、グラフィックコースの授業をチラ見させてもらいました。
この日はカリグラフィーから起こしていって、特定の人物のキャラクターを表すモノグラムを作る、という課題の中間講評。
クラス大体30人くらいを二組に分けて、2人の先生がそれぞれのグループを指導していました。
先生の指導は割と厳しい印象。
あくまで自分と比べてですが。
これはここがダメ、ここがいい、というのをパリっと言い切る感じ。
先生にもよると思うけど、いい悪い、は西洋のほうが概ねはっきりしてますね。
(日本が曖昧文化だというのはある)

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美術系には欠かせない(どの大学でもそうかな?)フライヤーコーナー。
お洒落なのが多い。

突っ走って見に行ったという感じでしたが、他校を見に行くのは楽しいです。
でも、自分が反省することもあったりして、7割楽しい、3割怖い。

(ちなみに、ロンドン滞在時はその他に共同研究の打ち合わせと、パリの取材、その他雑事、雑事、雑事、で本当にあっという間に2週間が経っていたという感じでした)
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by dezagen | 2014-03-10 23:33 | その他
女子の自己愛はどこへ行くのよ
相変わらず仕事が詰まっているのに全然終わらない、ライター渡部のほうです。

先日、Kpop の「AOA - 짧은 치마 (Miniskirt) Music Video Full ver.」


を見て
「韓国女性アイドルグループのセクシー路線は、女性が描く憧れの女性像に見えるけど、よく分からないのは「セクシーな私、素敵」という自己愛が強いのか、「ここまでやっていい男を釣ろう」という餌の意味が強いのか、どっちだろう。」
とツイッターでつぶやいたところ、「自己愛」という反応をもらったので、思い出したのだけれど、昔、某女性用下着メーカーに取材に行ったときに、ピンクが圧倒的に人気で、人に見せることが目的ではなく、かわいい下着を着ている自分がかわいい、と思うため。云々という話。

デザイン史を勉強していくと、女性が「男性から評価される存在」から「自分を評価する存在」という流れが分かってくるのだけれど、その時に使われる小道具として、先に出したAOAのような、ミニスカート(ってタイトルの曲だし)から見える脚線美、ピンヒール、ガーターベルト、レース、というような割と古典的な道具、つまり男性から評価されている女性が使う道具、が使われているのが面白い。

(1960年代ミニスカートの出現に一役買ったマリー・クワントは、自分達で自分達の好きなものを着るわ、というユースカルチャーの1つだったけれど、そのミニスカートから出ている足は、女性的な脚線美というより、ツイッギーを代表とする少年か少女か分からない未成熟な脚だった)

むろん、細かいところでは進化(?)していて、マニキュアが「男性に不評な」ネイルアート(これもツイッターで教えてもらった)、デコってるつけまつげ(あれ、まばたきするとき重くないのかな)、カラコンなど、新しい武器を手に入れているのだけど。

ホントはここで、Kpopの女性アイドルが日本のアイドルよりも、主にアジア全域を中心として世界的に評価が高いのは、古典的記号を使っているから、というところまで持って行きたいのだが、それでは話が飛躍しすぎで、中間の考察が抜けている。

現状言えることは、
1)韓国のアイドル業界のように競合が多い状況では、さらに上をどんどん目指さないといけないのだろうけど、段々重苦しくなってきて、どこを目指しているのか分からなくなってきていること(うちはこれ持ってる、って物量—この場合はモリモリの記号の量—の自慢は負担が大きくなるだけだと思う)、
2)女性の自己愛が拡張すればするほど、古典的(とはいえ1950年代くらいか)な道具が出て来る、というのが興味深い、
というところまで。

別な話になるけれど、最近男性アイドルもセクシー路線が行きすぎているというか、ジャケットの下に何も着ていないとか、妙なカットで肉体見せてるとか、「何か着忘れてますよ」と言いたくなる状況を越して、ブリーフ一丁、というのを見かけるのだが、

[MV] HISTORY(히스토리) _ What am I to you(난 너한테 뭐야): http://youtu.be/sYY_rV78pLk

AshGray (애쉬그레이) - 어린왕자 (The Little Prince) MV: http://youtu.be/0qensUD8eyE
(これはこれで目隠し+ブリーフ一丁でなんだか気持ち悪いビデオなんだけど)

これも女性へのサービスなのか、自己愛なのかよく分からない。

私としては若い男性にはちゃんとこぎれいな服着てくれたほうがいいのだが、視聴者として40代女性は入ってないはずなので、それは多分どうでもいい。
もう少し言うと、男子の「何か着忘れ」「肉体自慢」をされると、「ああ、鍛えないと」とジムの予約をしてしまう、男性体型というか筋肉付きやすいどっしり型農民体型な私なのです。
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by dezagen | 2014-01-28 07:04 | その他
今度は景観について考え中
今台湾にいてこれから東京に戻る、ライター、渡部のほうです。

いま抱えている仕事の一つが「街の景観とお店の外観、看板など」というテーマ。
台北の街中は地図上では格子状に作られ、都市計画に基づいて作った印象もあるのだが、実際歩いていると、全体的な景観を意識して作った、というよりは、個人のビルオーナー、家主が好きなように、地形に合わせて作ったなあ、と思わせるものが多い。

特に今回は山の中(とはいえ、中心地から地下鉄で20〜30分ほど)にいたので、傾斜地に作られた民家の強引な作り(中に『マルコビッチの穴』みたいな半分階がありそうな)に驚き、かつ、それがどうも50年くらい経っていそうな物件だったりして、すでに風景と化している感じがたまらなく良かった。

家、土地バブルがまだ続いているようで、新聞を見ても1面広告で新しい高層マンションの広告が、見開き毎にあったりするのだが、恐らく住宅地や商店街の中に突然古代ギリシャ風コリント式、だったり、ヨーロッパ宮殿風だったり、その突然感がすごい。
こういうのも、ビルオーナーの趣味で作っちゃったんだろうな、と思いつつ、自分では住みたくないけど、そんな突然と強引(他人様の土地に向かって失礼ですな)の組み合わせに、また感心してしまうのだった。

(というところまで書いたら、フライトの時間になってしまったので、今東京。)

東京に戻ってくると、もしくはヨーロッパなど行くとなおさら、「土地計画」という言葉が思い浮かびそうな整然とした家、マンション、ビル、街並みで、驚きがない。
もちろん住む側に取ってみれば、毎日驚きながら住むよりは、安定している方が住みやすいわけで、他人からあれこれ言われたくはないと思うのだけれど、とはいえ、街としての「味」に欠けるなあ、と思ってしまう。
台北(は最近都市開発が非常に進んでいるけれど)やバンコク他、アジアの街を歩いていて、いきなり歩道がなくなっていたり、突然の段差に足をぶつけてみたり、細い小路を抜けていくはずが、最後は身体を横にしないと抜けられない状態になっていたり、と、味ばかりの街では、困ったことになるのだろうなあ。

そもそも、街、というのは自治体に「作られるもの」なのか、個人が「作るもの」の集合体なのか、というのも、気になるテーマではある。

「街の景観とお店の外観、看板など」についての原稿は、普通に考えて全体的な統一感や、歴史ある街の美観などをどう作るか、という流れで書く予定だけれど。
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by dezagen | 2014-01-18 20:26 | その他
本屋について考えたら
ライター渡部のほうです。

スパルタ美術学校の妄想はこの辺でやめることとして(いや、また妄想がぶり返してくるかもしれないけど)、実際の学校、私が教員として勤務している東京造形大学で出した課題「本屋さんのCI計画」について。

町中の書店がどんどん減っているいる今、既存の書店の問題点や課題を考え、それを解消するような書店を新しく考える、というテーマを去年と今年課題として出した。

この課題を考えた当初は、オンラインショッピングとの連動や、ネット上とは異なり実際に本を触れる利点を活かしたサービス、高齢化社会に向けたサービスなどが上がるのかな、と勝手に想像していたのだが、学生と接していて面白いのは、自分にない考えを持ってくるところで、やはり、自分の想像とは全然違うものが上がってきたのだった。
アート専門書店、児童書専門店、音楽専門書店、手紙関連書籍専門店、恋愛関係書籍専門店など、個々にはかなり異なるアプローチだったけれど、ざっくりまとめると
「専門書を扱い、関連する物も販売。イベントなども行い、カフェやバーなども併設するスペース」
という提案が多かったのが特徴的だ。

昨年度も今年度も少人数のクラスだったので、これが世間一般のメジャーな声とは言い切れないが、書店に対する考え方の変化が表れていると感じた。

私(40代、地方都市出身)からすると、書店は情報の源であり、知識や知性を得るための場所。書籍は現実の生活では知り得ない世界を見せてくれる新しい世界への入口だった。自宅にいてもテレビや新聞があったが、それよりもさらに踏みこんだ世界、大げさに言えば「知を得るための場所」だった。
(今考えると、公立図書館という選択肢もあったのに行ってなかったことは悔やまれる)

知識を得るということに対しても、今よりステータスがったように感じる。
友達に言わせると「頭がいいとか知識があるとかが“お洒落”なネオアカ(分からない人はググって下さい)の世代なので、見せかけの知性」だそうだが、それでも、だ。

話が逸れそうなので、もう一度まとめると、書店は知性の象徴、という意識があった。

現在の学生(20代)からすると、書店に対するステータス感はほぼないに等しい。
聞けば、ほとんど書店には行かないそうだ。
言われてみると、自分自身もなかなか書店に足を運ばなくなった。
欲しい本があればオンラインで注文する。
そうでなくとも、情報はネット上に溢れている。
美術書など物としての書籍を楽しむ特殊な場合を除き、書店でなければ、という必然性が薄れている。

学生が提案してくる「専門書店」の目的は、同じ目的や趣味の人々が集まることのできる共有空間であって、その中で販売される書籍は空間アクセサリーの一部でしかない。
書籍販売をテーマにした課題だったが、見えてきたのは、彼ら、というより自分も含めて私たちは、同じ感覚を共有できるスペースの必要性を感じているということだ。

100年くらい前のヨーロッパだと、主催者のマダムがいて、マダムが気に入ったアーティストや文人が招かれるサロン、あるいは政治的な主義を共にするメンバーが集うクラブ、結社、みたいなものだろうか。
そこまで濃厚、過激なものではないのだろうけど。

同じ目的や趣味の人々が集まる、というだけなら、既存の、例えばアートが好きならばギャラリーがあり、音楽ならばミュージックショップがありフェスがあり、料理が好きなら料理教室、語学をやるなら語学教室、編み物クラス、手芸工房などなどが存在している。

だが学生が提案するスペースでは、ワークショップやカフェスペースなど、もっと会話やコミュニケーションを楽しむ要素が盛り込まれていた。
現実にこうしたコミュニケーションを促すスペースに需要があり、不足しているのであれば、これは1つのビジネスとしてありうることなのだろう。

その場合、書籍は必ずしも必要不可欠な要素とは言えないのだが、そのコミュニケーションのテーマを表す媒体として、書籍の形態は分かりやすい。
例えば文具好きの人々が文具について語りたい場合、文具だけが揃っていても、単に文具店と扱われるだけだが、文具に関する書籍が並んでいることで、ある程度時間を割いて、文具に関する知識を得る場所だと認識できる。

知を集成した書籍形態というより、人々にその意識を形あるものとして示す、いわば看板的な存在としての書籍形態。こうしたものが必要とされるのであれば、書籍の、プロダクトとしての形、重量、見かけ、そんなものも変化していくような気がする。
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by dezagen | 2014-01-14 07:09 | その他