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カテゴリ:これ誰取材記事( 26 )
2020年オリンピック招致ロゴ&サイト比較
編集宮後です。
久々のこれ誰記事更新です。

先日、2020年オリンピック招致プレゼンが行われたという
ニュースをテレビで見ていたら、招致のための
グラフィックデザイン諸々を「誰がデザインしたの?」か
気になってしまったので、いろいろ調べてみました。

まず、プレゼンを行った3都市の招致ウェブサイトの比較から。

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上から順に、
東京 http://tokyo2020.jp/
マドリード http://www.madrid2020.es/
イスタンブール http://www.istanbul2020.com.tr/
です。

東京の招致サイトやポスターなどで使われている
招致ロゴのデザインを誰がデザインしたのか気になったので、
東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会に聞いてみました。

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こちらの招致ロゴは、日本を象徴する桜を
赤、青、黄、緑のオリンピックカラーと東京を表す色「江戸むらさき」にして
一つの大きな輪になるようにつなげたもの。

招致委員会が2011年11月に発表したプレスリリースによれば、
「ロゴは、公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)の公募による作品の募集を行い、
審査委員会による審査を経て女子美術大学4年、島峰藍(しまみねあい)さんの作品に決定。
株式会社GKグラフィックス、久田邦夫(ひさだくにお)氏によるアートディレクション、
そして栄久庵憲司(えくあんけんじ)氏による監修の下、
島峰さん本人がデザインの最終形まで制作いたしました。」とのこと。

9月12日〜26日まで、プロアマ問わず、ロゴデザインを募集、
審査委員会(水野正人、佐藤可士和、小山薫堂)による選考を実施し、
グランプリ1点、優秀賞2点を選出。グランプリに選ばれた島峰さんのロゴをもとに
ブラッシュアップして制作したそうです。

現在は、2012年5月にIOCから承認され、東京が立候補都市になったため
五輪マークのついた下記の招致エンブレムで招致活動が行われています。
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2020年の開催地が決まるのは、2013年9月7日。
もし東京での開催が決まれば、この招致ロゴとは別に
正式なロゴが新たにデザインされるそうです。

亀倉雄策がデザインした1964年東京オリンピックのロゴを
超えるロゴが誕生するのか、注目ですね。
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by dezagen | 2013-06-04 13:13 | これ誰取材記事 | Comments(0)
横浜DeNAベイスターズ
編集宮後です。
モバゲーなどのソーシャルゲームで知られる
インターネット企業DeNAが企業ロゴを一新したのは今年1月。

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http://dena.com/company/policy/ より)

今までにない手書き風のロゴタイプが気になって調べたところ、
博報堂とのパートナーシップのもと、デザインはWolff Olinsが手がけたそう。
http://www.wolffolins.com/news

Wolff Olinsといえば、東京メトロのロゴやロンドンオリンピックのVIを手がけた
世界的に有名なブランディングエージェーンシー。

企業がグローバル展開をするために、
海外のデザインオフィスにロゴを頼むことが増えるかも...
日本のデザイナーはうかうかしれられないな...
など、いろいろ考えてたんですが、
DeNAがオーナーのプロ野球球団はこのロゴ使うの?という素朴な疑問が。

「まさか使わないよね」って思っていたら、
新しいサードユニフォームに適用されてました。
週末のビジター試合のみ限定的に着用されるユニフォームです。
(従来のホーム用、ビジター用ユニフォームの変更はありません)

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http://www.dena-ec.com/item/185360315 より)

プロ野球のユニフォームでは、球団オーナー会社の企業ロゴを
そのまま適用する例も一部にはありましたが、
たいてい企業ロゴは使わずに、
ユニフォーム用の別ロゴを用意するのが一般的です。
しかし、IT関連企業が球団オーナーになり始めたころから
企業ロゴがそのままユニフォームに適用される例も出てきました。

今回のケースも近年では珍しいことではないんですが、
ロゴをつくった時点ではプロ野球のユニフォームに適用されることを
想定していなかったのでしょうか? 謎です。

プロ野球ユニフォームのデザインについて知りたい方は
書籍『これ誰がデザインしたの?』p.88-89をご覧ください。
「昔のユニフォームも全部見たい!」という方は
綱島理友先生の名著『プロ野球ユニフォーム物語』がおすすめです。
ユニフォームデザインの変遷が詳細に紹介されています。
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by dezagen | 2013-04-16 18:30 | これ誰取材記事 | Comments(0)
ロゴタイプ
編集宮後です。
校了でしばらく更新できず、すみません。

来月発売の雑誌に載せるため、いろいろな企業の
ロゴタイプをリサーチしていました。

雑誌や書籍に企業ロゴを掲載する場合、
たいてい事前の掲載許可が要ります。

まず企業の代表番号に電話して広報部につないでもらい、
ロゴを掲載する媒体内容、掲載理由などをざっと話したあとで
正式な企画書を送ります。んで、掲載許可をいただいたら
ロゴのデータをいただくというのが一般的な許可取りの流れ。

昔は版下でロゴのやりとりをしていたので、
「名刺を持って直接受け取りにこい!」っていう会社もあったんですが、
(たぶん直接会って怪しくないか確認してたんだと思う)
いまはほとんどメール上でのやりとりなので、こちらが怪しい人ではない、
悪用目的ではないというのを先方様に信用していただくために、
いろいろな手続きをふまないといけないわけです。

企業様の対応も実にさまざま。
企画書を送ればOKな会社から、出版社の代表者印の入った
正式な契約書が必要な会社までいろいろです。

ロゴは会社を代表する大切なものなので、
これくらい厳重になさる気持ちは分かりますが、
許可取りするほうにとっては気の遠くなるような作業です。

「これ、誰がデザインしたの?」の本をつくったときも
同様の許可取りをしていたので、この作業は嫌いではありません。
むしろ、広報部とのやりとりを通して「ここってこういう会社なんだ〜」
というのが分かったりして、けっこう楽しかったり。

今回、携帯電話3キャリアにもコンタクトを試みましたが、
デザイナー名の掲載がOKになったのはSoftbankのみ。
大貫卓也さんのデザインですね。

残りの2つをデザインした会社も調べはついてますが、
非公開とのこと(日本を代表するあの広告代理店です。たぶん)。
以前、これ誰でお世話になった方が広報部にいらしたんですが、
異動しちゃっていてダメでした(大企業の宿命?)。

2012年にロゴタイプを変更したのは、
東京都美術館、リクルート、ファンケル、NTTデータ、
マイクロソフト、USA TODAY、eBayなど。
画像貼れないから興味ある人はググってね。
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by dezagen | 2012-12-10 18:47 | これ誰取材記事 | Comments(0)
ライオン事務器 テープカッター no25
ライター渡部のほうです。

今回は久々、ブログ用の取材。
と、いうのも、読者の方から
「ライオンのテープカッター、カッコいいですよね。あれ、誰がデザインしたのか調べてもらえませんか?」
と、リクエストが来たため。

え?ライオン?歯ブラシの?と、そっちではなく、ライオン事務器のほう。
なんと、来年2012年には創業220周年を迎えるという老舗会社である。
ライオン事務器HP http://www.lion-jimuki.co.jp/

こちらのテープカッター。写真を見れば即分かる。

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小売り商店などでよく見かける、昔家で使ってた、市役所にあったあった、など記憶にある方も多いのでは?
正式名称はテープカッター No.25。はてさて、「誰がデザインしたの?」

対応していただいたのは、ライオン事務器の営業企画部、広報担当の方と、1969年ライオン事務器入社のベテラン社員の方。

「当時の複数のOBに尋ねたところ、外部の工業デザイナーに依頼した商品だとは思われるが、誰であったかは不明とのことです。
当時、まだ工業デザイナーという認識が一般的に薄く、社内でもなぜか当時の開発記録が見あたりません。
それまでの商品と比べて、曲線を主体とした斬新なフォルムがあると同事に、セメントを詰めテープに引っ張られない重さやテープをシャープに切る刃といった、テープカッターに必要な機能を十分兼ね備えたところが企業定番商品として支持されたものと思います。
カタログには1966年に出て来るのが最初です。当時のカタログは2年毎ですから、65年から66年に発売されたものだと思われます」
仮に66年生まれとして、現在45歳のロングセラーなのだった。長い!

当時のカタログのコピーを見せていただいた。

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他のテープカッターは鋳鉄。
会社の資料から、昔のテープカッターと鋳鉄のものも出してもらった。
奥の水色のものは現行のもの。

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写真では分かりにくいが(すいません…)当初はツートンで、底はベージュ。
色の切り返し部分から下はすぼんでいるので、より軽いイメージになっている。

時代は東京オリンピックが終わり、大阪万博へと、日本が急速に進歩していた頃。
形や色も自在に大量生産できるプラスチックは時代の象徴でもあった。
なめらかで軽快なテープカッターが人気になったのもうなずける。

ちなみに1968年から2000年までは同じ型で木目調もあった。カタログを見ると「北欧調」とある。
これ、欲しい…。

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ところで、本題とはちょっと外れるが、ライオン事務器の歴史資料室がすごいのだった。

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重そうな電動消しゴム。

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ライオン柄がかわいい、ビニールテープ。

こんなものも!と思ってうちに帰ったら、肝心の部分がブレていた大ショックな写真。
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松本零士先生自筆、999のキャラ(とキャプテンハーロック?)がライオンのペン先に乗って飛んでいる。ペンを船に見立ててるところがステキすぎるのだが、ボケてるんだな。すいません。
なんでも松本先生の絵は愛用のライオンのペン先で描かれているのだそうだ。

も一つ。6代目の社長が集めたライオンキャラコレクション。
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6棚分?くらいぎっしり。か、かわいい。

なんだか盛り盛りになってしまったが、テープカッターのデザイナーが分からなかったのは返す返すも残念。もし読者の方でご存じでしたらご一報を!

連絡先:ツイッターが一番早いかな。
http://twitter.com/#!/chiharuwatabe

PS: 東京造形大学グラフィック助手様、写真修正ありがとうございます。
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by dezagen | 2011-12-09 23:09 | これ誰取材記事
歴代のヤマト糊
ライター、渡部のほうです。

 最近、文具メーカーに伺うことが多い。主な理由は先生業をやっているため授業の下調べ、なのだが、『これ、誰がデザインしたの?』連載時の情報のアップデートの意味もある。お礼参りっていうとなんか意味が違っちゃいそうだけど、取材先に改めてお礼にも行ったわけです。
 
 で、先日伺ったのがアラビックヤマトの回でお世話になった「ヤマト株式会社」。こちらではアラビックヤマトの回ではフォローしきれなかった、ヤマト糊の詳細や近年に出た商品などについて教えてもらった。

 ずらり、歴代のヤマト糊。

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 でんぷん糊のヤマト糊が生まれたのが1899年。明治ですから。すごい貫禄。
 ボトル入りの糊は1952年にチューブ入り発売を挟んで、1958年にプラスチック入りに変わっていく。それまで使われていたガラス瓶は割れやすく、また、重いことから輸送コストが掛かっていたことを、プラスチックを採用することで解消。

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 写真右端の小さいリブ入りの容器。懐かしい方も多いのでは?当初リブ入りになっていたのは、発売当時のプラスチック容器の技術、素材的な観点から、強度を増すため。その後1980年に中央から左の3つ、四角いボトルに変わる。
 
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 現行とガラス瓶期。こうやって見るとかなり違っているのだけれど、蓋の上に桜と当たり矢(ヤマトの名前の由来でもある、矢的)が押されていること、瓶の色が青/緑で現行のものが青、蓋が金から黄色と、色を継承し、共通アイデンティティを貫いている。

 こちらは2003年に出た和紙糊。

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 和紙工作に適したでんぷん糊の製品で、工作の集中を促すよう、ほんのりとゆずの香りがする。昔のラベルをモチーフにしたレトロなラベルを使用しているところに目が行ったが、デザインの注目点としては、ボトルの縁。
 ヤマト糊のボトルよりも縁周りが深くなっていて、指で糊の量を調節しやすいようになっている。教えてもらうまで全然気がつかなかった!と、いうような工夫が、糊の容器にはたくさん隠れているのであった。

ヤマト株式会社HP http://www.yamato.co.jp
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by dezagen | 2011-12-08 02:11 | これ誰取材記事
美術系学校のシンボルマーク5
編集宮後です。
続けて、東洋美術学校です。

1946年に設立された洋裁学院をもとに
1961年に絵画・デザインの専門学校「東洋美術学校」として
本格的にスタート。卒業生はヒロ杉山さんほか各界で活躍しています。
10/22-23に学園祭があります。
http://www.to-bi.ac.jp/

ロゴはこちら。
紺をベースに「東美」の白抜き文字が入っています。
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お問い合わせしたところ、
東洋美術学校さんから以下の回答をいただきました。

Q:現在使われているロゴマークは、何年にどなたがデザインしたものでしょうか?

A:2006年春~2007年冬にかけて、東洋美術学校教職員と
株式会社浪漫堂のクリエイティブディレクター伊東聡、
アートディレクター村田匡一郎(東洋美術学校のOBで現在は独立)
によって構成された「東美ブランディングプロジェクト」の
メンバー主導で抽出されたアイディアの中から誕生しました。
全員参加型で「らしさ」の再発見をはじめ、
目指すべきビジョンやコンセプトの再策定など、
一連のプロジェクトの中で議論を重ねて最終的にこのBIデザインが完成し、
システムも構築されました。

Q:ロゴの形の意味、ロゴに込められた想いなどを教えてください。

A:東洋美術学校の略称として半世紀以上も前からOB・OGの間で
親しみを込めて呼ばれている、「東美」という愛称をそのままモチーフとして選択。
そしてブランドカラーは、日本の伝統色である「藍色」に。
歴史や文化の中で育まれてきた表情豊かなこの色に、
東洋美術学校の「革新を重ねてきた伝統」を重ねています。
知的な印象がありながらも温かみが感じられる藍色は、
実は、秘めたる情熱を表す赤を含んでいます。

というわけで、桑澤、お茶美ロゴに見られた
・学校に縁のある方がデザインしている
・学校の愛称をモチーフとしている
特徴がここにも。

学校ロゴには、
入学前に「ここで学びたい」と思ってもらえる信頼感、
卒業後に「ここで学んでよかった」と感じる学校への愛着が
求められるんじゃないかと思ったわけです。

特に美術系学校は人数がそれほど多くないし、
共同制作などもあるので、学生時代の結びつきも強い気がします。
それだけ学校に対する愛着も生まれやすいのかもしれません。

引き続き、4年制の美大のロゴも調べているので、
わかり次第アップしますね。
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by dezagen | 2011-10-21 08:22 | これ誰取材記事 | Comments(0)
美術系学校のシンボルマーク4
編集宮後です。
美術系学校ロゴの第二弾はこちら。

御茶の水駅すぐ近くにある
美術系予備校のお茶の水美術学院です。
美大受験で通っていた方も多いのではないでしょうか。

2008年の校舎リニューアルにあわせてロゴも一新。
こんな感じのレインボーカラーになっています。
デザインは佐藤可士和さんです。
画像コピペできないので、こちらのサイトでご覧ください。
http://www.ochabi.ac.jp/

ロゴだけではなく、スケッチブックや紙袋、
学生証もすべてトータルデザインされております。
http://kashiwasato.com/#ochabi

ロゴタイプが「O CHA BI」になっているのは、
「おちゃび」の名称で親しまれているからでしょう。
以前はたしか明朝系のロゴタイプだったので、
印象ががらりとかわりましたが、
「おちゃび」という呼び方は昔から変わらないですね。
昔から親しまれている呼び方をそのまま使い、
ビジュアル面で一新したデザインはさすがです。

同校のウェブサイトによれば、
佐藤さんもお茶美に通ったことがあるとのこと。
どんな想いでデザインされたのか、聞いてみたい気もします。
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by dezagen | 2011-10-21 07:50 | これ誰取材記事
美術系学校のシンボルマーク3
編集宮後です。
そういえば、美大のシンボルマークのデザインについて、
これ誰で調べていたのが途中になっていました。

専門学校や美術予備校も含めて調べようと思い立ち、
今までご縁があった学校を中心に調べることに。

再開第一弾はこちら。桑沢デザイン研究所です。
バウハウスから学んだ桑沢洋子氏が1954年に開校、
以後約半世紀にわたり、デザイン教育を行っている専門学校です。
デザイン業界でも出身者が多いことで有名ですね。

学校のシンボルマークはこちら。
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早速「これ、誰がデザインしたの?」をお聞きしてみると、
1979年の創立25周年に制定されたそうで、デザインは草刈順さん。
草刈さんは阪神百貨店や緑屋のロゴをデザインされ、
西武百貨店ロゴの文字部分のデザインも担当された著名なデザイナーで、
同校でも教鞭をとっていらっしゃいました。

桑沢デザイン研究所さんから、デザインの意図が記された
草刈さんの文章を送っていただいたので以下に引用いたします。

*************************************************************
KとDとSという正方形のカードを使って立方体を作る、というと何やら造形クイ
ズめいてしまうが、桑沢のシンボルマーク制作を依頼されたとき、初めにピンと
きたのがこのことだった。というのは、K(桑沢)とD(デザイン)とS(スクール)
は単なるイニシャルではなく、もっと本質的な意味をそれぞれがもち、しかも、
それがガッチリと有機的なつながりをもった一個のCUBEである、という感じがし
たからである。いろいろな組合せを試してみたが、結局、図のようなオーソドッ
クスなものを平面に投影し、マークとしてビジュアライズした。
 なお、スクールカラーとしてブルーを決め、KDSのDの部分が色面になり、補助
カラーとしては白とグレイがあり、この3色を基本として色彩展開することにな
っている。
また、英字の書体は、70年代においてもっとも完成度の高いタイプ・フェイス
Helvetica体を使用、マークと一体となってシンボル化してゆきたいと思ってい
る。日本字の書体は、太ゴシックの長体を英字書体にあわせてデザインしたもの。
                  (草刈 順・グラフィックデザイナー)

*************************************************************

学校のロゴの場合は、卒業生や先生など、
縁のある方がデザインする場合が多いのでしょうか?
このあと何校か調べてみたいと思います。続く。
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by dezagen | 2011-10-19 07:42 | これ誰取材記事 | Comments(0)
大学のシンボルマーク2 東京藝術大学
編集宮後です。
美大のシンボルマークシリーズ第二弾は東京藝術大学です。

大学のマークはこちら。
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アカンサスの葉の輪郭を模様化した中に
「芸大」の文字が収められています。

アカンサスは南欧原産の多年生草木で、
ギリシャの柱頭をはじめ、
建築や工芸品で広く使われていたおなじみのモチーフ。

芸大百年史で調べたところ、
このロゴができたのは昭和25年(1950年)。

美術学部と音楽学部が統合されて芸大となった昭和24年以降、
新しい徽章を定める必要が生じたため、
校内でコンペを行い、5つの候補案のなかから
美術学部工芸科鋳金部の清水廣氏のデザインが選ばれたとのことでした。
(清水廣氏は清水九兵衛として彫刻を主として活躍)

清水氏は昭和28年の卒業生と記録されているので、
徽章をデザインした昭和25年当時は学内生ということになります。
清水氏本人のインタビューが掲載されている学内誌にも
「徽章は昭和24年の校内コンペに応募して入選したものだった。」
という記載があったので、間違いはないでしょう。
つまり、徽章は学内生がデザインしたということですね。

「誰かデザイナーに頼まなくていいの?」と思いましたが、
芸大は美術学部だけではなく、音楽学部もあるので、
デザイン寄りの形になるよりも汎用性のある形のほうが
使いやすかったのかもしれません。

誕生から60年以上経った今でも使い続けられている徽章は、
脈々と受け継がれるデザインなのでした。
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by dezagen | 2011-08-07 23:46 | これ誰取材記事 | Comments(0)
日本航空の新ロゴ
 ライター渡部です。久々に相方宮後さんと取材をしてきました。JALのロゴが変わったら、そりゃ取材せねば!これ誰取材部行って参りました!

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 JALのロゴマークに鶴丸が戻ってきた。今年2月末から尾翼などに現れてきたが、新たに「日本航空株式会社」となった4月1日が正式な採用日となる。2010年より会社更生法の適用を受け、現在経営再建中の同社。社名も変更し、今回のロゴマークの変更は新しい出発のシンボルでもある。

 JALのロゴに関しては以前『デザインの現場』の連載の中でとりあげている。(書籍『これ、誰がデザインしたの?』p90参照))前代、前々代はランドーアソシエイツが手がけている。今回の鶴丸復帰の作者は誰?と日本航空に問い合わせてみたところ返ってきたお答えは「宣伝部です」。  

 会社再建中だけに外部発注が難しかったことが理由だが、これまでも外部に依頼したデザインを管理してきたスペシャリストが社内にいるのである。それが真下淳氏率いる宣伝部の制作チームだ。真下氏はJAGDAにも在籍するアートディレクターである。

「ロゴマークをリニューアルするという話が実際に動き始めたのは2010年の秋でした。様々なものを提案しましたが、開拓精神を持って初心に戻るという意味を込めて鶴丸のマークが選ばれたのです。しかし古いものに戻すのではなく、新しいイメージを与えることが重要。そこで鶴丸を再検討し、細かいところで微調整をしています」  

鶴の頭部がやや鋭くなりクチバシが上向きに、また羽根の切り込みが深くなっているのが特徴だ。中の「JAL」抜き文字は、以前よりも太くなっている。これは「JAPAN AIRLINES」の新しいロゴタイプと同じもの。視認性が高くなり、ウエブなどの画面でも見やすくなっている。  

機体、空港内サインから、紙コップや紙ナプキンまで、航空会社のロゴが使われるのは20万から30万アイテムとも。一気に変えるのはさすがに無理で、特に大きな機体の塗り替えはメンテナンスの機会と合わせて変えていく。すべてのロゴが変更されるまでには7,8年かかるという。デザインのリニューアルは発表されたら終わりなのではない。これからが始まりなのだ。



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↑新ツル丸と旧ツル丸の比較。赤いほうが新ツル丸。

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↑新ツル丸変更のポイント






◎歴代ロゴの変遷

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1代目 1953年~1959年 一般公募 JALの文字を飛行機を前面から見た形に見立てたもの。





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2代目  1959年~1989年
ジェット機の採用を受け作られた初代鶴丸。宮桐四郎氏(日宣美会員のフリーランスデザイナー、との記録あり)が原案を作り、アジア方面に強かったアメリカの広告代理店Botsford, Constantine & Gardner(吸収され現Ketchum)のヒサシ・タニ氏が製図。 70年代から航空会社のCI化が一般的になってくる。それまでは文字ロゴ、シンボルマーク、社章の使われ方はばらばらというのが普通だった。





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3代目 1989年~2003年 ランドーアソシエイツ 完全民営化を機会にロゴをリニューアル。使い方のあいまいだったロゴ、シンボルマークを文字ベースのロゴに一括。鶴丸は尾翼に残され、鶴丸マークを描いた飛行機は2008年5月31日まで続いていた。





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4代目 2003年~2011年 ランドーアソシエイツ 日本エアシステムとの統合によりロゴをリニューアル。





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5代目 2011年4月1日~
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by dezagen | 2011-05-16 11:21 | これ誰取材記事