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記事のまとめ方
前回は「取材先の決め方」について書いたので、今回はその続き、「取材後のまとめ方」についてお話したいと思います。

実はこの連載は、「誰がデザインしたのか?」が分かればいいのではなくて、その上で読み物としてどう面白くまとめるかが難しいのです。例えば、発売以来ずっとパッケージが変わっていない(ように見える)老舗商品が時代に合わせてマイナーチェンジをしていたり、といった話はオチが付けやすいんですが、そうでない場合は、筆者の渡部さんと一緒に取材後のまとめ方に頭を悩ませるのです。

例えば、誰がデザインしたのかは分かったけれど、そこから話はふくらまない場合とか、取材したはいいものの、詳しく語れる方にたどり着けなかった場合などは大変です。取材後、渡部さんと一緒に喫茶店に入り、緊急ミーティング(笑)です。今までに調べたこと、取材で分かったことをすべて洗い出し、そこから何か結論が導き出せないか、うんうんうなりながら話のオチを考えるのです。

取材先が東京以外の企業の場合は、こちらから質問を送り、メールやFAXで答えていただいていたので、さらに大変でした。こちらが聞きたいことが分からなかったり、意思疎通ができなかったり。

そんな場合でも渡部さんと一緒に話していると、なんとなく着地点が見えてくるから不思議です。全60回の連載の中にはかなり難産だった回もありましたが、それを感じさせない記事になっているかどうかは、みなさんのご判断にお任せします。

次回は、「取材依頼時のかけひき」について書きたいと思います。各企業広報担当者の方々にどのように取材依頼をしていたか、記事にならなさそうな場合をどうやって察知するかなど、取材前の裏話をお伝えいたします。どうぞ、お楽しみに!

ロゴや書体についての話もしたいですが、またの回に。
こんな本もつくりました↓
http://book.bijutsu.co.jp/books/2008/08/book2.html
http://www.bijutsu.co.jp/dezagen/designers_news/080827/01.html
# by dezagen | 2008-08-31 11:27 | Comments(0)
マルマンのスケッチブック
 黄色と深緑のコンビネーションも小粋な表紙を見れば誰もが「ああ、あれあれ」と思い出すマルマンのスケッチブック。今年は量産化が始まってから50周年を記念し、メモ帳やノート、ファッションブランドとのコラボレーション企画など、表紙のパターン使った様々なキャンペーン商品が出ている。

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スケッチブックとキャンペーン商品


 登場以来50年、バーコードの追加や品番の変更があったくらいで、デザインはほとんど変わっていないというのにまず驚く。
「これまでデザインを変更しようという提案もありませんでした。売り上げが落ちませんので、変える必要がないんです」と、マルマン企画グループの渥美要氏は言う。
 さらに驚いたのは、認知度の高いこのデザインが学生の持ち込みだった、ということ。手がけた奈良部恵三氏は美術学校ではなく青山学院大学に在籍していた、いわば素人。その後、奈良部氏はグラフィックデザイナーの道を歩むことになるが、素人でもセンスを見抜いて採用した社長の目の鋭さに感服する。
 当時の社長(現名誉相談役)井口秀夫氏はかなり先進的な人物だった。海外渡航が難しかった時代にドイツの機械を入れ、日本でいち早くスパイラル綴じの量産化を可能にし(それまでは職人の方が一個一個手でねじり入れていた、というのもすごい)、60年代にはロゴ、シンボルマーク、クロッキー帳のデザインに原弘氏(※)を起用している。

※ 原弘(はら・ひろむ)1903年長野生。21年東京府立工芸学校(現東京都立工芸高等学校)卒業し、そのまま同校の教諭に就任。日本工房を経て、41年東方社入社、対外宣伝紙『FRONT』アートディレクションを手がける。51年日本宣伝美術界(日宣美)立ち上げ、60年日本デザインセンター設立など戦後日本のデザイン界を牽引した。86年没。

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原弘デザインのクロッキー帳(左)とシンボルマーク、ロゴタイプ

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新しいシンボルマークとロゴタイプ。デザインは成澤豪(なかよし図工室)


 マルマンは今年、スケッチブック50周年と同時に、ロゴとシンボルマークもリニューアルした。そのキャッチフレーズは「私たちマルマンは“変わらず”へと、変わります」。シンボルマークはスケッチブックの柄をモチーフとしたもので、ロゴは微調整に抑えている。これまで築いてきた歴史や財産を無駄にしない企業姿勢がうかがえる。
 スケッチブックのキャンペーンで出された特別商品の中には売れ行きがよく、定番化を望む声もあるが「売れたからといって定番商品にするかどうかは、慎重に見極めないといけません。そうでなければブランドとしての価値が薄まるおそれがありますから」と渥美氏。
 うーむ。これこそブランディングの真髄。
# by dezagen | 2008-08-16 01:25
取材先の決め方
今日は、以前この本のトークショウをしたときにいただいた質問「取材先はどうやって決めるのですか? すんなりOKがでないときはどうするのですか?」について、お答えしたいと思います。雑誌連載していたときの話をしますね。

まず、取材先の決め方ですが、毎回「次のこれ誰取材、どうします〜?」という感じで、渡部さんと私で取材したいものの候補をいくつか挙げていきます。お互いが「これ、おもしろそう! 取材したい!」と思ったものから順に優先順位を付けまして、誰がデザインしたのか調べていくんです。

「Pasco」のロゴのように、すでに誰がデザインしたのか分かっていて、その背景をもう少し詳しく企業の方へ取材したい場合、反対に企業に聞かないと誰がデザインしたのか?まったく分からない場合など、いろいろな場合がありました。実際は、誰がデザインしたのか?分からずに、渡部さんと私で分担して企業にアタックしていたケースが多かったですね。

お察しのとおり、取材ができない場合も多々ありました。取材できない主な理由としては、1、いつ誰がデザインしたのか?企業内にも資料が残っていなくて分からない。2、取材に応じたところで企業側にあまりメリットがないと思われ、やんわりと断られる。3、誰がデザインしたのか?公開したくない。などなど。

1は、どうしようもないので、おとなしくあきらめます。今までの事例でいくと、ポリバケツや運転免許証などがそうでした。調べていただいたのですが、当時の資料がないので答えられないとのことでした。

2の場合も残念ですが、それも一つの企業姿勢ですから、まあ仕方ないかと。最近はデザインの認知度が上がってきたので、こういうパターンは減りましたが、連載を始めた2000年当初はまだデザイン携帯もなかった頃ですから、無理もありません。

問題は3です。誰がデザインしたのか?こちらの調べはついてるんですが、企業側が公表をOKしない場合です。非公開の理由を聞いてみると「デザイナー名が出ると、競合他社がそのデザイナーにデザインを頼むかもしれないので」「そのデザイナーの作品というより、自社のコンセプトでデザインしたものだから(個人名を出す必要はない)」など、なんだか悲しくなるお答えが。もっと胸を張って、「この人にデザインしてもらいました!」って言いましょうよ!

一通りねばってみた後、どうしてもダメなら、次候補の取材交渉へと切り替えます。こうして次々と取材交渉をしていくと、交渉の過程自体がなんだか宝探しみたいで、意外なデザイナーの名前に遭遇したあかつきには宝を探し当てたような気分になります。このワクワク感、誌面で伝わっていたでしょうか?
# by dezagen | 2008-07-31 19:01 | Comments(0)
続編
 『これ、誰がデザインしたの?』の連載が終わってから、ややふぬけている。さすがに8年もやってきたことは終わったとはいえ、着眼をすっかり取り除くわけにはいかず、「これ誰」だったらどう取り上げよう、という気持ちで日々の物事を見ている自分に気づく。
 そんな状況を察したのか、知人から「こんな連載案はどうか?」と提案をもらった。せっかくなので、いくつかご紹介しよう。

 まずは私の考えたもの。
 『続・これ、誰〜』の巻末につけた言葉だが「これ、誰がデザインしたのっ!」。最後に小さい「っ」をつけることで怒りを演出。
 似た企画としてライターO氏からの提案は
「これ、何をデザインしたの?」
 一見どういうものなのか分からない。これ何なんですか?と聞きに行くイヤミなライターとして名を確立したい場合は考えたい。

 ちなみに上2案が採用された際に是非伺いたいのが、シェーバー会社である。電動のほうではなく、手で剃るタイプのシェーバーについて、そのデザインについて真の意味を問うてみたいのである。
 男性用のそれはおおむねTの字、あるいはそれプラス人間工学的カーブによって作られており、色合いもモノトーン、メタリックという道具に徹したものか、スポーツ感を演出している蛍光色アクセントなど。まあ、なんとなく形ができてきた背景も理由も分かる。
 問題は女性用だ。ピンクの海洋生物か?と思うような色と形状は果たしてどこから発想を得たものなのであろうか。本当に海洋生物からヒントを得たのであれば、なぜ?
 ある日、海女が海に潜ると、海の妖精が現れこういった。
「このホヤで貴女のむだ毛を剃りなさい」。
 いや、そんなことはないだろう。

 さて次の提案は家具デザイナーのF氏から。
「これ、僕がデザインしたの?」
 デザイナーの失敗作について、自分がデザインしたものを忘れないよう、という連載。心の中では安室奈美恵『PLAY』の鞭ポーズを作りたい。

 F氏に詳しく聞いてはいないので本人に当てはまるのかどうか分からないが、デザイナー自身が「これは失敗した」と思っていても、クライアントとデザイナーは運命共同体、おおっぴらに口には出せないこともある。そこを、他者の誘導により心を解放させてみる。ある意味デザイナーに対するセラピー連載となるのかもしれぬ。

 加えて、インハウスデザイナーの悲痛な叫び特集。
「俺、何をデザインしたの?」
 という案もいただいた。リアルデザイナーからの提案はリアルすぎて聞きに行くのが怖い。これは遠慮させていただく。

 またもやO氏の第2案は、
「俺、誰がデザインしたの?」
 身体自慢、美容自慢のデザイナーさんに、その秘訣を聞く。デザイン誌ではボツ間違いなしだが、どこかの雑誌でやってみたい。
# by dezagen | 2008-07-23 10:16
応用
 7月5日のトークショウでは、開けてびっくりの満員御礼。30度を超す暑い中、わざわざ青山まで来て下さった、道中いたるお店というお店がセール中の誘惑にも負けず、青山の端のビルの地下の奥の会場にまで来て下さった来場者の皆様、ありがとうございました。主催者一同感謝しております。
 
(ここからは本題なので「です・ます」調から「だ・である」調へ変わります。失敬)

 来場者の方々からいただいた感想の中で、多かったのが「カップヌードルやポッキーの世界展開が面白かった」という声。カップヌードルの各国展開その違いについては、『これ、誰がデザインしたの』について書いたので、ここではポッキー、および似たものを紹介したい。
 参考サイト http://pocky.jp/index.html

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 1966年から以後ロングセラーを続けるこの商品は、実際海外でも人気が高い。
「写真1」はタイ・バンコクのスーパー。こちらは現地Thai Glico Co,.Ltd.が製造する本物。ここまで並べなくても、というほどの棚の専有面積から、いかに人気が高いか分かるというもの。
参考サイト http://www.thaiglico.com/
 ちなみに中国でもほぼ変わらないパッケージで売られているそうだ。
http://www.glico.com.cn/templet/pocky.asp

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「写真2」は同じスーパーの下の棚にあった「chocky」。グリコの製品ではないが、76年〜97年までのポッキーパッケージに似ている。かなり。ここまでやるなら、もう少しおいしそうなシズル写真を使ってもらいたいもの、と思ったらイラストだった。
 日本のジャイアントポッキーと同じく巨大さが売り。同じものを台湾、香港でも見たことがある。

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「Rocky」という名前からしてパチモンか、と思わせがちな「写真3」は、マレーシアでグリコが提携して作っているもの。豚を食べてはいけないイスラム圏。Pockyという字面がporkを思わせることから、名前が変わったという情報がウェブサイトに載っていた。真偽のほどは、いずれ会社に問い合わせてみたいものだと思う。

 所変われば品変わるの例をもうひとつ。82年からフランスで発売されているポッキー。現地名は「Mikado」で定着。これはこれで独自にバリエーションを増やしている様子。
http://www.mikado.fr/

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 これぞパチモンの王道!と言えるのが「写真4」のTicky。タイ産。トークショウで明和電機の土佐氏が「いずれも○○ckyというのがトレードマークなんですね」と言っていた。

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 気になるのは台湾でかなり昔に買った韓国ロッテ(日本のロッテではなく)のCity(写真5)、とロシアの空港で見たPepero(写真6)、なのだが、ロッテはロッテで私自身、嫌いでないだけに、どうにも聞きにくい。これは似ている、のではなく「応用」と呼ばせていただこう。
http://www.pepero.co.kr/
# by dezagen | 2008-07-16 00:37